歴史観光へのアプローチ
会長 今田 光夫
函大大野教授の所見を綜合すると、函館は地方拠点都市、地方中核都市と位置付けられ、市民は、観光都市を希望しているとされる。この場合、観光の要素としては、函館山を中心とした自然景観、さらには、遠く横津連山の緑も貴重であろう。また江戸末期の開港にちなむ多くの遺構を見逃すわけにはいかない。ユネスコの下部機構であるイコモスは「記念物および遺跡の保護と復原のための国際憲章」を起草し、ユネスコはその総会で「文化遺産および自然遺産の国内的保護」に関し(1972年、パリ)あるいは「歴史的地区の保全および現代的役割」に関する(1976年、ナイロビ)勧告を採択し、自然と歴史的遺構の国内的、国際的保全とその具体的方法論にまで及んでいる。これらの勧告によれば、その定義(要旨)は、
文化遺産:記念工作物、建築物
自然遺産:無機的及び生産学的生物又は生成物群からなる自然の記念物で、観賞上又は科学上特別の価値を有するもの……。
歴史的地区:都市環境又は田園環境の中で人間の居住地を形成する建造物、工作物、及び空間の群であって、考古学的建築物、先史的、歴史的、美的又は社会文化的見地から一体性及び価値が認められるものをいう。特に先史遺跡、歴史的都市、旧市街区、村落及び小部落……。
緑の自然が無視された大都市に密集して生活する人々は、過度に物質文明化した社会へのレジスタンスとして、自然への願望の高まるのは当然であろう。
これまで、木材生産が森林の第一義的効用とされたが、今では、その間接的効用(治山、治水、災害防止、風致の維持、保健の場など)が直接効用にとって代りつつある。函館山の緑をいだく函館市民は幸いである。さらに市内の随所に緑地域、緑地帯の設置を願いたい。それは単に市民に精神的な安らぎを与えるばかりでなく、都市の風格を高めるゆえんでもあろう。
箱館は北辺の防備を主な目的とした幕府の第一次直轄と共に蝦夷島の政治、経済の要地となり、開港に具えた第二次直轄を期に、その地位を確立した。開港に先立ち、外国船の往来しきりとなり、弁天台場、五稜郭が相次いで着工され、内外多事の中に整備が進められ、開港と共に諸国領事の着任を見た。今に残る五稜郭はその最大の遺構であり、時代はずれるとしても、ロシア領事館、ハリストス正教会、英国領事館などは当時ゆかりの建築物であって、函館の歴史的風土を特徴付けるものである。幕末期の「赤蝦夷の脅威」は、今の国際的関係にも似ている。旧英露領事館の何れかを修復復元して、「開港記念館」を開設してはどうだろうか。
幕末期における国際的体験は、日本としても始めてのものであって、箱館(函館)の国内における位置を特徴付けるもので、その影響は計り難いものであったろう。客集めを意識した観光施設は、一般に効果は上らず、むしろ逆効果となりがちである。函館の場合、他に例を求め難い歴史性をいかした企画が望ましい。文化の定義は難かしいが、文明の物質的精華に対して、人間の精神的活動の所産とされ、学問、芸術、思想、科学、政治、社会、経済、法律、風俗など人間生活の広い領域に及ぶ。
観光文化なる言葉が定着しはじめているが、娯楽主体のものでは、文化に値しないだろう。函館の歴史性を軸とした施設であれば、市民の共感を呼ぶと共に、来訪者の共鳴をも期待できるであろう。豊かな歴史的建築物群と自然景観の融合を計ることこそ市民の願望の具現の方法と考えられる。
そのためには、近代建築物など有形、無形文化財の保全、特にその市文化財指定の促進が望ましいが、その方は遅々として進んでいない。このままでは市当局の文化行政の姿勢を問われることになりかねない。
市の文化行政が、教育委員会の片手間に進められていることにも問題がある。少くとも、社会教育部内に、部長級の専任者と、そのスタッフが必要であろう。さらに文化行政は縦系列の部門行政ではない。全行政部門を横につなぐ総合行政でなければならない。従って、全庁的推進体制を作る必要があろう。
文化行政は前に述べたように守備範囲は極めて広い。機構の手直し程度では行政の文化化は望み難い。市民の声をどう吸い上げるかに問題がある。
その好例に、北洋資料館がある。設備場所や建物の規模は別として、その展示内容については、すでに業者に発注済というのに、その計画は市民の誰もが知らない。文化的施設の進め方としては、あまりにも狭量稚拙というしかない。文化施設の推進に、市民の英知を吸い上げる方法を考えることが、行政の文化化の第一歩であろう。
《第4回定期総会記念講演より》環境問題への示唆~環境をどう捉え、どのように守っていくのか~
講師 木原 啓吉氏
・千葉大学教授
・元朝日新聞編集委員
環境問題を考える時、そのとらえ方は国・地域の人々によって大きくかわっている。日本の場合、環境問題は水俣にしても異常な程はげしく、また、景観の乱れとか建造物の不調和とか、様々な特徴を持っているが、ヨーロッパ諸国ではそれ程ひどくなく、環境も安定している。我が国において、これ程までに環境破壊を許したなかに、我々国民の環境を見つめる目とヨーロッパ諸国の人々のそれとのちがいがあったからではなかろうか。
例えば、1976年の0ECD(経済協力開発機構)は、日本の環境行政をとらえ、「公害対策と自然保護の行政にしばられ、一体、日本政府は、歴史的環境·都市の景観その保護対策について何をしてきたのか」と批判している。OECDでは、公害と環境とを区別して考え、環境問題をずっと幅広くとらえている。
日本において環境問題が意識された第1段階は、公害問題である。つまり、目の前の公害をどう解決するかということであった。環境という意識はなく、意識の立ち遅れがあった。しかし、公害と取り組むことによって運動も起こり、環境を見つめる目が厳しくなり、人間の生存の基盤である自然が揺らぐことへの危機感や自然をなんとしても守ろうとする警護運動·告発運動が起きた。これが第2段階である。第3段階として、1970年代後半から、歴史的環境・環境の文化的価値に注目するようになった。公害が人体への直接の攻撃とすれば、歴史的文化的環境の破壊は精神生活への攻撃である。文化的環境に関心や誇りを持つ程、失われた後の欠落感は大きい。公害が環境を見る横軸の視線とすれば、歴史的環境は時代をつなぐ縦軸の視線であり、今や総合的に環境を見るように、十数年の間に住民の意識は拡大してきた。歴史的街並の数が、昭和47年の調査では120であったのが、最近の調査では400を越している。このことは「見えども見えず」の状態から、足で歩き見出すという住民の環境感の立体化を示している。また、「スモッグの下でビフテキを食べるよりは、この青空のもとで梅干をなめているほうがいいですよ」と環境庁大臣につぶやいた老婆の言葉は、明治以来の「生活水準の向上のために、若干の環境の犠牲もやむを得ない」とする二者択一の論理から、「環境が守れて、はじめて生活水準も高まる」とする時代の転換を予告している。
環境を幅広くとらえることは、ヨーロッパではかなり前から進んでいる。例えば、イギリスの環境省―’70設立、以前の住宅地方行政、公共建設事業省、運輸省が合併―を見ると、「人の生活環境に影響する全分野の活動を所管する」と明示し、都市計画から国土計画、住宅・交通問題、文化財保護·歷史的環境保存、自然保護、公害対策等全部をカバーし、幅の広さと先見性を持っている。
また、「ナショナル・トラスト」も古くからあるその一例である。それは、1895年、工業発展に伴う破壊から「美しい自然や歴史的建造物を、みんなからお金を集め買い取っていこう」と、3人の弁護士·婦人活動家・牧師が提唱した運動を始まりとする環境保存団体である。1907年には、ナショナル·トラスト法ができ三原則が確立し、以後飛躍的に拡がった。「ナショナル」とは、「国家の」ではなく「国民の」を意味する。三原則の1「不可譲の原則」。これは、国会の承認なしには、他に転売してはならないとするもの。2「相続税の免除」、寄贈した場合、維持管理をしながら我々が住めるようにと、相続税が免除される。3「丸ごと移管」、建物だけでなく、装飾物・家具・什器それに続く農地から水車小屋・小作人もと、内部・外部の環境をワンセットとしてとらえる原則である。また活動の大原則は「1人の人が1万ポンド寄付するより、1万人の人が1ポンドずつ寄付することを甘受する」というものである。1965年には「今一番保存すべき大切なものは何か」の話し合いで、海岸線の保存が挙げられ、国民的共感を得、1973年までに十数億円の寄付・192マイルの美しい海岸線の買収を達成している。現在は「会員数87万人、年会費7ポンド(約五千円家族は半額)、取得物件の主なもの土地40万エーカー(東京都の2/3)・200の歴史的建造物・100の庭園・美しい海岸線 350マイル」である。
日本でも、現在、このような運動が進展しつつある。斜里町宇登呂の原生林再生、国立公園内の百平方に買い取り運動「夢を買いませんか」がそうであり、原点は木曽路の麦籠村「妻籠を愛する会―妻籠憲章」に見られる。その他にも、各地で運動が起こっており、これこそ典型的な自治体活動である。
我々が環境を語るとき、その根底にアミニティーの思想がある。快適な環境をめざしての集合的価値の総合として「何ともいえない、しっとりとした雰囲気―然るべき処に、然るべきものが存在する状況」「金銭にかえられない、心がなごみ、心のたよりとなるが故に、住民にとって重要な価値を持つもの」そういう物を大切にする思想が必要である。また、「文化遺産は、人類の遺産であり、人類に付託されたものである」という国際的な視野に立ってのとらえ方も必要であろう。
<要約 多田満彦>
- 「守る会」と「走る会」 函館走ろう会 会長 佐藤 七郎
- 街造りへの或る視点 建築家 上貞 幸丕
- 北洋資料館問題始末記 前「市民の北洋資料館を実現する会」代表世話人 和泉 雄三(函大教授)
- 野外展入賞作品の中から
- 古建築をたずねて1~古きよき時代からのメッセージ~
- 新撰組零番隊より愛をこめて 新撰組零番隊 参謀愛人28号 堀越 康子
- “失なわれた遺産”=函館・雑感= 会員 小林 吉男
- 第3回 道南史跡探訪会~下海岸の史跡見学に参加して~ 運営委員 会田 金吾
- 川嶋龍司氏!会田金吾氏!武内収太氏!受賞お目出度うございます
- 会のあゆみ
- 事務局だより 事務局長 工藤 光雄
- 編集後記にかえて


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